2009年2月27日金曜日

to Shizuoka


明後日は静岡へ。
毎月一回は何かしらの用事で行きますな。

今回はビデオの撮影を依頼されました。
撮影後は写真展へ行きますかな。
夜はふらふら明けても暮れても宿無し。
そして次の日は司令官とこへ寄って帰る。


最近は京都を一望できる絶景な家に住むベイダー卿の引っ越しを手伝った。
ベイダーハウスと名付よう。ベイダーさんは終日「しゅーー。こぉーー。」っと
言ってました。
今は小さな梅の花が満開。
もう一本ある大きな桜の花見が今から楽しみだ。

あと韓国に行きたいのでアプリケーション作成中。
〆切は3/3。

あと3/14〜22まで横浜で展示します。関東の皆様こんにちは。

2009年2月14日土曜日

rain


暑い日だったようだが
部屋の中にいたのでわからない。

朝なのか昼なのか夜なのかわからない。
飲み屋がないと日常に溺れる。
飲み屋があるとお酒に溺れる。

創作の彼方か、明日に早く行きたい。
でも明日が早く来てしまうと
僕は困る。
やっぱり創作にはいろいろが要るから
時間も日常もお酒も少々欲しい。


久しぶりにスコッチを
家にはお中元のシーバス
タイで買った30円のショットグラスは
45ml丁度。


先週は浜松にいった。
木下惠介オマージュ映像展で奨励賞をいただいた。
励まされると少し困った。会場は老人の海だった。


僕はこの週、「みんなの詩プロジェクト(仮)」を
始めようと各地の才人を尋ねた。



夜は芸術家の深澤氏と高杉氏とよくわからん大事な話をした。
アニメもたくさん観た。フカサワハンバーグはおいしかった。
大事な事が見えるとしょうもない話は大事な話になる。
比較的フカサワタカフミには構成をやってもらおうと頼むが
何もないので頼むべく物がまだないことがわかる。
しかしそれは大事な確認だった。



次の日
深澤氏は豊川へ。高杉氏と僕は浜松のトイザラスへ
ハイクオリティーのRCトリケラトプスを250円で買う。
すごい。
二人で遊ぶ。僕は15分、かれは1時間で飽きる。
彼はアートディレクターになっていた。
餃子を食べ終わってから彼のプロジェクトでチャットを
することにする。
彼は子供が苦手だそうだが僕はだいたい苦手ではない。



森妙子さんの家で僕の生きる道に気づく。
今いる場所はすべて僕が望んで想い通りになっている。
それを忘れてはいけない。
韓国に半年行こう。静岡のダイナミズムが頭角を現している。
ここにはアートマネージメントをできる足掻く者が必要だ。



グランシップで8月にやる105人の時間展の打ち合わせを
担当スタッフであり仕掛人の河合氏と行う。これはただただ楽しみだ。
それは革新を起こす場になるかもしれないからだ。
夜は音楽家丸山氏とトンカツを食べて銭湯に行ってお酒を飲む。
彼には「みんなの詩」の「おとこのこの詩」に音楽をつけてもらう。
このプロジェクトは僕の出逢った人たち全員でやる。
彼の音には疑う余地が僕にはない。


PHSを忘れ、携帯を忘れ、PHSと携帯の充電器も忘れ音信不通になる。
東京で「みんなの詩」の「おんなのこの詩」の歌詞を付けてもらうべく
美術家兼小説家の工藤氏を尋ねる。大切な事は言葉よりも雰囲気だった。
微睡みが付きまとう昼下がり、僕は眠いことで開かれた感覚に詩を想う。
僕は今回の創作に求めているのは全体感だ。
伝えたい事は何もない。この世界にはもともと「何か」はない。
人の営みは詩と歌に乗せて。
世界のすべての営みに触れてほしい。


雨は降っていない。

2009年2月3日火曜日

yume


今日は風邪で寝込んでて、昨日から見ていた夢が面白いので続きを見ようと何度も寝直した。
今さっき目が醒めたので書いとこう。



すべてフィクションです。出てくる人物、団体は架空のもので何より夢です。
起承転結ありません。



その夢はどうやら浜松の野外アート展で、国道沿いにサーカスのように建ってあった。
なぜか夜中だったと思う。
僕はすぐ近くのスーパー前にバイクを停めて
いつものmacが入ったランドセルを持って会場に入った。
外はパラパラ雨が降っていた。合羽はバイクにかけておいた。

中に入ると、全体的に赤い雰囲気、レトロな小屋の中にいろんな作品
主にインスタレーションの再現や模型、ビデオインスタレーション
パフォーマンスの映像が多かった。
僕は全体的に見た事ある作品ばかりだった気がする。

どっかで見た事あると思っていたら、昨年個展をさせていただいたAフェチのアーティストの作品がワンブース設けられていた。

そこには元メンバーで僕もお世話になった王室御用達の青い山を書く作家のI藤君がいた。
彼は自分のブースを店番してる風だったが、自分のブースや周りのブースを酷評していて
厳しい彼の意見はもっともだったので
アーティストはこうあるべきだなぁ〜と夢のぼくは感心していた。

I藤君といっしょに会場を回っていると、ぼくはどこかに消えてしまい、
何故かI藤君の視点でものをみていた。彼は名古屋なので終電を気にしてた。

すると静岡のアート好きの人たちがたくさんフラフラしてて夢遊病みたいだった。
声はかけてないけど、柚Kさんが豪快に笑ってた。

会場内をうろうろしてると取手でご一緒した現代音頭作曲家のYカメラさんがハッピ姿で
現場監督のように指揮してらっしゃった。予算がないそうでした。

こちらも相当厳しい様子でしたが、I藤君が声をかけると一緒に遊ぼうと言う事になって
二人は遊びに行きました。
二人が知り合いだった事にびっくりしました。
あと帰ろうと歩いてたら自転車に乗ったYカメラさんが「おつかれさん〜」っと
声をかけてくださいました。

僕はバイクで帰りましたが、雨の中2時間はかかることが嫌で嫌でしょうがなかった。
するとあっという間に家に着きました。

時間が余ったと思ったので、なるだけ遠いところに行こうとしました。
夢の中でも夢とこの頃はわかってました。
すると夢が用意したのは宇宙で、真っ逆さまに落ちて行けました。
なるだけ遠い宇宙はインディゴブルーで四角形のパズルみたいでした。

この辺はしらないのでなんと言っていいのかわからないものでした。

この後は何度寝ても同じでそれ以上物語は進みませんでした。

あと布団をかぶってたので夜中気分でした。窒息しそうでした。

おしまい。